1、2、
1、2020年6月30日初診、50代男性です。
主訴は左上臼歯部にインプラントをしたいということでしたが、同時に前歯をきれいにしたいということでした。左上1と右上2を前医にて補綴治療(ほてつちりょう・・・歯にクラウンやブリッジや義歯を入れる治療)を受け、クラウンが被せられていた状態でした。2歯ともにクラウンのマージン(クラウンと歯の境目)が露出してブラックマージン(クラウンと歯肉の間に黒い線が出てしまったり、歯肉が黒っぽく変色すること)となり、不自然で健康観が損なわれていました。
2、患者様の歯肉の状態に合った、適切なブラッシングの方法を指導させていただき、歯石の除去、根管治療(過去に神経を取った歯の根の再治療)、そしてホワイトニングの後に、セラミッククラウンにて補綴治療をおこないました。どの歯がクラウンなのか分からないくらい、患者様の歯の個性に合った、清潔感と自然観のある審美補綴治療が達成され、患者様にとても喜んでいただきました。
3、4、5、
3、治療前の右側側方観です。
右上2のマージンの露出と右上12間と右上23間の大きなエンブレージャー(歯間鼓形空隙・・・歯肉付近の歯と歯の間にある空隙。正常な歯肉にはわずかに存在する空隙であるが、あまり大きいと食べかすがつまったり、審美的にも問題となる)が自然観と健康観を損なっています。
4、右上2にセラミッククラウンを試適した状態です。
セラミッククラウンの色が若干暗い感じがします。これはもう一度セラミックを焼き直せばもう少し明るく調整することができます。右上12間のエンブレージャーが大きく開いていますが、これはセラミッククラウンの形態調整で閉じることはできません。
5、右上2のセラミッククラウンを焼き直して、色を合わせました。右上12間の大きなエンブレージャーの調整は、右上1に対して、歯を削ることなく、コンポジットレジン(樹脂製の歯の修復用素材)を接着することにより対応しました。無理無駄なく、機能的で審美的な治療がおこなわれました。
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6、治療工程を説明します。
治療後にクラウンのマージン(クラウンと歯の境目)が歯肉から見えて審美性を損ねないように、歯肉縁下(歯肉の縁よりも下の部分)のかなり深い位置まで支台歯形成(クラウンを入れるために歯を削ること、海外ではpreparation-準備といわれ、クラウンを入れる準備をすることとされている)がおこなわれます。左上1と右上2の支台歯形成をおこない、仮歯で歯肉を支えます。歯肉縁下部の歯肉に全く赤みや出血がないことに注目してください。これは適合が良好で適切な形態の仮歯が入れられている証拠です。不良な仮歯が入れられると歯肉は炎症を起こし、何か物が触れただけで容易に出血します。歯肉をこのような状態で維持できない限り、後に歯肉圧排(歯肉と歯の境目をだすために、その隙間に糸を入れて一時的に歯肉を広げること)をおこなう時に出血して、歯肉縁下の精密な印象採得(型を採ること)ができません。
7、8、9、
7、8、9、左上1、右上2の歯肉圧排(歯肉と歯の境目をだすために、その隙間に糸を入れて一時的に歯肉を広げること)と印象です。
このような方法は歯肉を傷つけてはならないために、支台歯形成や印象採得の難度が増します。フィニッシュライン(支台歯の歯科医師が削った部分と削っていない部分の境界線、ここがクラウンと歯の境目・・・マージンとなる)の型が取れないからといって、無理やり歯肉圧排をおこなうと、歯肉退縮を起こし、マージン(クラウンと歯の境目)が露出する原因となります。
10、11、
10、11、左上1と右上2の模型です。
このようにフィニッシュライン(支台歯の歯科医師が削った部分と削っていない部分の境界線、ここがクラウンと歯の境目・・・マージンとなる)の明瞭な模型が審美歯科治療には不可欠です。なぜならマージン(クラウンと歯の境目)の不適合が歯肉の炎症やブラックマージンの原因となり、審美性を損なうからです。このような基本となる治療を忠実におこなわないかぎり、審美歯科治療は達成されません。
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12、歯科技工士が作製した貴金属で裏打ちされたセラミッククラウン(一般的にはメタルボンドクラウンと呼ばれます)です。
歯科で使用されるセラミッククラウンはポーセレンと呼ばれる陶材を使用することにより複雑な天然歯の色調を再現できます。しかしながらポーセレンはそれのみでは非常に脆い材料であるために、金属あるいはジルコニアのような強度の高いセラミックによって裏打ちされ、強度や耐久性が高められています。
メタルボンドクラウンの場合は、歯科技工士が精密鋳造(ちゅうぞう、英: casting・・・貴金属を融点よりも高い温度で熱して液体にしたあと、型に流し込み、冷やして目的の形状に固める加工方法)により貴金属製のメタルの裏打ちを作製し、それにポーセレンを焼き付けます。上手な歯科技工士が作製すれば非常に高い精度を誇り、色彩も非常にきれいです。しかしながら、全ての工程を人の手技でおこなうため、上手下手が歯科技工士の腕に大きく左右され、昔ながらの職人的な腕が求められます。
日本においては、15年くらい前まではセラミッククラウンといえばメタルボンドクラウンが一般的でした。その頃、アメリカではCAD/CAM(キャドキャム・・・コンピュータを利用し,設計・生産を一貫して行う技法)で作ることができるガラスセラミックやジルコニアが主流となっていました。なぜならアメリカでは優秀な歯科技工士の技工料が非常に高価なため、メキシコなどの国外に技工を安く依頼し、完成した技工物をアメリカへ戻すということが多いからです。しかし、メタルボンドセラミックのような技工士の腕が問われる技工物はどうしても安く作ると質が悪くなってしまいます。デジタル技術の発達により、誰がやってもある一定のクオリティが担保された技工物が、安価な材料代で簡単に作れるようになったのがジルコニアが普及した理由です。
当医院においても10年くらい前まではジルコニアを使っていましたが、メタルと比較した場合の精度の低さ、ジルコニア独特の色調の難しさ、接着性セメントの長期接着耐久性への疑問(ごく稀にクラウンが短期間で脱離することがある)を理由に現在はほとんど使用していません。現時点では、手間暇はかかりますが、貴金属を使用したメタルボンドクラウンが信頼性が高いものと考えています。CAD/CAMでおこなう歯科技工が、匠の技術を超えることができるよう、さらなる発展を望んでいます。